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水彩画紀行  スペイン巡礼路 ポルトガル 上海、蘇州   カスピ海沿岸からアンデスの国々まで

水彩画紀行 スペイン巡礼路 ポルトガル 上海、蘇州   カスピ海沿岸からアンデスの国々まで

Spain Pilgrim road


スペイン北部にある800kmの巡礼路を旅して描いた水彩画は200枚。

その一部を順次掲載していきます。

麦畑


乾いた麦畑の丘陵を歩いて3時頃、ラバナルという小さな峠の町へ。

石積みの古びた教会とバルという居酒屋が一軒ある風情ある町。

美しい中庭の巡礼宿に荷物を置いて、いつものように、

スケッチブックを持って画題を求めて、散策を始める。

ラバナル

スペインの夏の夕べは長い。日が暮れる夜9時まで、この通りの家並みや、子供や母親を描いた。

素朴な町の人々とも巡礼者ともすぐ顔なじみになって歌を唄って過ごした。

らばナルの人々

スペイン北部にある「星の巡礼路」はフランス国境から800km。

東のピレネー山脈の峠から西のサンチャゴ大聖堂まで美しい古道が続く。

無料に近い宿に泊まる条件は、馬か自転車か徒歩。

徒歩なら、なんと約30日。しかし小さな男の子が父親と歩いたり、

一人旅の少女までさまざまな老若男女が歩いている。

夏は1日50~100人前後。いずれ皆顔見知りになり挨拶を交わす仲に。

地図2


巡礼路の街角

巡礼路の途中に、Virafrancaという宝石のような街があった。

花にあふれた公園のとなりの広場に市がたっていた。

無花果1kgをわずか150円で買い、油で揚げた甘い棒状のクッキーを

ほうばりながら、この絵を描いた。

巡礼路の町角

Camino(巡礼路)の思い出

高い丘から下っていくと、麦畑の向こうに教会の尖塔が見えてくる。

オリーブの木陰があると、大抵、顔見知りの笑顔が待っていた。

ハネームーンのようなスロべニアの学生カップルと良く出会った。

視線が合うと何故かにっこり笑うその女子学生は、

彼がいないとき、そっとケーキをもってきてくれた。

巡礼路の朝

麦畑の向こうに、ようやく次の町が見えてきた。

小さな宝石のような町だった。

ここでも、町の人、新しい巡礼者とのめぐり合いがあった。

噴水を洗うモスレムの美しい奥さんがいた。

あとで夕食を食べにいったらレストランの奥さん。

ターバンを巻いた私の絵を描いてと頼まれた。

ホンタナス


古い橋のそばの巡礼宿 Old pilgrim lodge in Spain

1000年の歴史のある巡礼路800kmには、各町の人々の好意で、古い修道院や

教会が宿として用意され、予約なしで、無料か500円程度で安く泊まれる。

たいていは、男女同室の広い大部屋なので、いろんな人と友達になれた。

橋の傍の巡礼宿


どこの町にも教会があり、さまざまな優しいマリア像と

凄惨なキリストの磔像があった。

スペインは敬虔なカトリックの国。

巡礼宿となっているところでは、夜10時からミサがあった。

たった一人の悲惨な死に方をした青年が語った言葉が、

何故これほど多くの人生に影響を与えたのか。

ローマ帝国が国教と認めて異教徒を追放したから?

語った言葉に真があったから?

神は何故、国ごとに神のあり方を変えたのか。

神も人間の創造の産物だからではないのか?

疑問はつぎつぎに湧き上がってきたが、

この国の人に問うのはためらわれるほど、生活そのものに定着していた。

 赤い屋根の教会 Church lodge for pilgrims

巡礼路の教会

巡礼者は多国籍。Pilgrims from the world wide countries

イタリアから、フランスから、ブラジルから、巡礼者の先祖の国籍は多様。
一説では、この道を歩いた日本人は100人未満とか。

女優シャーリーマクレーンも、一人でこの道を歩き、木陰でうたたねした
折に、不思議な前世体験をしたと著作「カミノ 魂の道」に書いている。
日本の美人俳人 黛まどかさんも、俳句をつくりながら歩いた。

地平線まで続く炎天の麦畑をあるいて、僕の顔も真っ黒になった。

毎日,どんな風景と人に出会えるか予測できない楽しさがあった。
道行く葡萄棚の下で憩う家族も絵を描いて友達になり、宿についたら
一緒にサラダ料理を作って葡萄酒で乾杯し長い夕暮れを語り合った。

巡礼者は多国籍

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